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「祝福を受け継ぐ者として」
コスモス

担当 石川剛士 牧師
聖 書『わたしは命じる、御霊によって歩きなさい。そうすれば、決して肉の欲を満たすことはない。 なぜなら、肉の欲するところは御霊に反し、また御霊の欲するところは肉に反するからである。こうして、二つのものは互に相さからい、その結果、あなたがたは自分でしようと思うことを、することができないようになる。』  ガラテヤ人への手紙5章16節、17節

                    イサクの兄息子エサウは狩人でした。彼は自分の力に頼り歩んでいました。ある日狩りから帰ってくると、おいしそうな赤いスープができています。「その赤いものをくれ」弟ヤコブに頼むと「長子の特権を売ってくれたらあげる」といわれたので、ヤコブに長子の特権を売ってしましました。長子の特権は神様の祝福を受け継ぐことができる権利です。
 エサウは肉欲のおもむくまま、スープを平らげ立ち去りました。その重大さを彼は理解していませんでした。
 エサウはまずに自らの肉の欲に支配されました。「わたしは死にそうだ」とは大げさです。目の前の赤いスープに目が奪われ、それを今欲しいと思い後先を考えませんでした。そしてエサウは長子の特権を軽んじました。彼にとって神様の祝福を受け継ぐことより、目の前のスープでお腹を満たすことが大事でした。それでエサウは長子の特権を失いました。
 肉の欲に勝つために、私たちは御霊によって歩くことが大切です。それは具体的には祈りとみことばの生活です。祈りとみことばが教えてくれるのは、自分が弱い存在だということです。弱いから神様に頼ります。自分の力でできるなら、神様には頼りません。御霊によって歩けば、肉の欲を満たすことはありません。肉の欲を満たせなくなるのです。御霊と肉の欲は共存できないからです。できなくなることは神様の祝福です。
 イエス様も一人静かに山で祈られました。イエス様は人となり、お腹もすきますし、疲れる体となりました。人としての弱さを身につけられました。それでイエス様も祈りました。
 御霊によって歩くとは、祈りとみことばの生活です。祈りとみことばは私たちに弱さを教えてくれます。神に頼りましょう。祈る一週間とさせていただきましょう。

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