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「神の宮であるわたしたち」
クレマチス

担当 石川剛士 牧師
聖 書(新約聖書 第1コリント3章16節)

 コリントの町は商業都市で、経済的には潤っていたようです。しかし道徳的、宗教的にも退廃、あれはてていたようです。その中でも教会が建てられ、イエス様をしんじる人々が起こされている。その人たちへの警告と励ましにみちた手紙です。
3:10 神から賜わった恵みによって、わたしは熟練した建築師のように、土台をすえた。そして他の人がその上に家を建てるのである。しかし、どういうふうに建てるか、それぞれ気をつけるがよい。
 他の人とは、コリントの教会の人です。家を建てる。家の建て方に気をつけなさい。3:11 なぜなら、すでにすえられている土台以外のものをすえることは、だれにもできない。そして、この土台はイエス・キリストである。
 家の土台はキリスト。ここで建てる家は教会だとわかります。土台は変わることがないし揺るがない。3:12 この土台の上に、だれかが金、銀、宝石、木、草、または、わらを用いて建てるならば、3:13 それぞれの仕事は、はっきりとわかってくる。
 家の材料は様々です。
 火事になれば、木や草やわらは燃える。金銀宝石は燃えない。立てた仕事、家が残ればありがとうございますということですが、焼けてしまえばもう一回建てなければなりません。立てた人は損失をうける。だから家をしっかり建てなさい。朽ちるものではなく、しっかり残るもので家をたてなさいということです。
3:16 あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか。
神の御霊である聖霊は、神の宮であるあなた方の内に住んでくださるといいます。土台はキリストです。土台がいちばん大事なのはわかりますが、土台だけでは生活できません。雨風をしのぐためには家が必要です。この家を建てるのがコリントの教会の人の仕事です。そしてこの家は教会であり、私たち自身だ。そこに神の御霊、聖霊が住まわれる。
しかし、どういうふうに建てるか、それぞれ気をつけるがよい。一番のポイントは朽ちるものでたてるか、朽ちないもので建てるか。
 朽ちるものはなんでしょうか。それはこの世のもの。お金であり、権力です。しかし目に見えるもの、形あるものは必ず壊れます。それが木や草、わらでしょうか。火のような試練には耐えられない。朽ちないもの、金や銀や宝石、をよりどころにすれば、崩れることはありません。いつまでも残るもの、3つ、信仰、希望、愛。この中で最も大いなるものは、愛。愛をよりどころにすれば、崩れることはありません。
13:13 このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である。
パウロがコリント教会に語ったことは、私たちへのメッセージです。私たち一人一人が教会であり、聖霊の住まわれる神の宮です。いつまでも残るものは、信仰、希望、愛です。教会の土台はキリストです。キリストにより頼みつつ、朽ちるものでなく、朽ちないもので教会を立て上げていきましょう。

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