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救いの証
クレマチス

担当 石川剛士 牧師
聖 書(新約聖書 ヨハネによる福音書3章16節)

 大学受験で失敗し人生初の挫折を味わいました。一年間勉強して大学へ行く。しかし大学で学生があそびほうけている姿を見てがっかりする。統一協会の人の熱心な姿を見て、ここには何かあると信じてしまった。統一協会の神はわかりやすい。実績を上げたら祝福される。何人勧誘したか、いくら稼いだか。それが救いの条件となっています。訪問販売では一日10万円売ったら、表彰される。3人勧誘したら、それも表彰される。実績のない自由はないという言葉がありました。実績が神というのはわかりやすいです。しかしもし実績があがらなかったらどうするのか。実績をあげるまでやり続ける。勝利の秘訣は勝つまでやることです。という言葉もありました。若い私にはぴったりはまったのです。しかしあまりに熱心な活動ゆえに教会の助けを借りて両親が救出活動をはじめ、はじめは説得される場所へ向かう途中の車から飛び降りて、逃げてしましました。両親はあきらめずに救出活動を続けてくれ、4年目に無事救出されました。説得される中で、ふっとつきものが落ちたように間違いだとわかるときがありました。しかし今まで命がけで続けてきた活動がすべて間違いだったと認めることは、大きな喪失感がありました。心に大きな穴が開いたようでした。アルバイトをしてみたり、あそびに行ってみたりしましたが埋めることはできませんでした。
 説得してくだった方の勧めもあり、教会にも行きましたが、あまり居心地の良い場所ではありませんでした。統一協会に比べると、あまりほめてくれないし、何かドライな感じがしました。メッセージでは神は愛だとかたられましたが、では私のめちゃくちゃな人生はどうなんだ。神が愛であるなら証拠を見せてみろという気持ちでした。そんな私が教会の礼拝に出席し続けることができたのは神のあわれみでした。祈ってくれた方がいたからです。ある礼拝の中で、ほかにたくさんの人がいるにも関わらず、私だけにみことばが語られているように感じました。わたしの心の穴に神様の愛が流れ込んできました。しかしそれでもまた信じたら、また裏切られるのではという不安がありましたが、“これは本物だ”というかすかではありますが、はっきりとした声を聞きました。“これは本物だ”今から思えば聖霊様の導きでした。そうして本物の神を信じる決心に至りました。救いのみことばです。
 神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。ヨハネによる福音書3章16節
 神はまず私たちを愛してくださった。その愛は与えつくす愛です。そんな愛を忘れて自己中心に生きる私たちですが、そんな神に敵対している私たちでもゆるされ、愛されている。御子をお与えになるほどの神の愛に目をむけさせていただき、その愛に応える一週間をあゆませていただきましょう。

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