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探し物は何ですか
つるバラ

担当 石川剛士 牧師
聖 書(旧約聖書 創世記3章9節)

 探し物は何ですか。私たちは探し物をします。探すものが大切であればるほど、見つかった時嬉しいです。
今日の場面は神様が人を探す場面です。神様がなぜ人を探すのか。人が罪を犯し隠れたからです。
「しかし善悪を知る木からは取って食べてはならない。それを取って食べると、きっと死ぬであろう」。2章17節
「女がその木を見ると、それは食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実を取って食べ、また共にいた夫にも与えたので、彼も食べた。」3章6節
彼らは、日の涼しい風の吹くころ、園の中に主なる神の歩まれる音を聞いた。b、そこで、人とその妻とは主なる神の顔を避けて、園の木の間に身を隠した。3章8節
隠すということが罪の結果です。
これを書きながら思い出したのは、小学校のころまだ返していない図書館の本が家で見つかり、返すのがめんどくさくて、家の2かいから田んぼに捨ててしまったことがありました。両親にみつかり、どうしたのと聞かれると、風でとんだんだとか言い張ってごまかしたことがありました。やってはいけないことをしてしまった、隠そうとするのが罪です。
3:9 主なる神は人に呼びかけて言われた、「あなたはどこにいるのか」。3章9節
きっと死ぬといわれましたが、死んだのは神様との関係です。神様との信頼関係が切れてしまった。隠す時に、神様との信頼関係が切れてしまう。これが罪です。その罪びとにかけられた最初の言葉が、「あなたはどこにいるのか」でした。「あなたはどこにいるのか」最初にかけられた言葉が、「あなたは何をしたのか」ではなかったことにご注目ください。神は私たちが何をしたということよりも、その存在そのものに目をとめておられます。あなたはどこにいるのか。
 わたしたちも神様から探し出された一人ひとりです。神の前に何か隠しているものがなるあらば、それを神様に告白してください。誰に言えなくとも、神の前に告白して、神がわたしたちを探し出してくださったことを受け取りたいと願います。神はとっても良いものとして人をつくってくださった。「あなたはどこにいるのか」 その神様の前に今出させていただきたいと願います。

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