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証 し の 時
スイセン

「それは、あなたがたがあかしをする機会となるであろう。」 ルカ21章13節 「銀を試みるものはるつぼ、金を試みるものは炉、人の心を試みるものは主である。」 箴言17章3節
担当:金井信生 牧師 

人生で起きる出来事を通して、私たちの心の内にあるものが明らかにされ、探られます。
① 終末の予告
 世の終わりに起こることについて、イエス様は、戦争や暴動、大地震、飢饉や疫病などを挙げられました。しかし、自然の力より恐ろしいのが、人間の内にある罪の力です。飢饉や疫病などは、人間の欲望のために苦しみが大きくなっています。イエス様は、人間の力で解決できない罪の力と死の恐れに救いをもたらし、まことの神様を知り、キリストによって救われる者に幸いと使命を与えておられます。
② すでに始まっている終末
 イエス様は、世の終わりに何が起きるのかよりも、主に従う者がどんな目にあうのかを知っておきなさいとおっしゃられます。まことの神をおそれず、エゴイズム(自己中心)に生きる人は、自分と違うものと争い、排斥します。イエス様が十字架につけられたのは、まさに私たちのエゴイズムの犠牲です。しかしイエス様は、エゴイズムにエゴイズムで立ち向かうのではなく、相手の罪の心に対して、愛をもって赦されました。そこに初めて救いの道が開かれたのです。
③ 証しの時
 弟子たちに命じられたのは自覚と覚悟です。「あかしをする機会となる」とは、「あなたがたが証しそのものとなる」という意味です。あれこれ議論を戦わせるのではなく、世のエゴイズムの嵐の中で、あるいは自然災害や大きな試練の中で、神様のみ言によって支えられている姿、イエス様が共にいて守ってくださっている平安、それ自体が主を証ししています。「いつ」「何が」と不安に陥るのではなく、「主が」「救いを」与えてくださっている。この確信を持てば、世の終りは滅びの日ではなく、主の御前に立つ喜びの日に変えられます。


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