前のページへ戻る
さ い わ い な 人
ロウバイ

「こころの貧しい人たちは、さいわいである。天国は彼らのものである。」 マタイ 5章3節

担当:金井信生 牧師 

主イエスが与えられるさいわいは、心の内面の豊かさです。
1. すでにさいわい(祝福されている)
 「幸福(さいわい)なるかな(文語訳)」と主イエスは八回くりかえされます。その中には、不幸と思われる状況もありますし、目指しつつも困難を覚えることもあります。それでもイエス様は、主に身を寄せる者は、神様の御旨とご計画の中で、すでに祝福されていることとすべては幸いに変えられることを宣言されるのです。私たちを祝福したいと切に願っておられる神様に感謝し、期待しましょう。
2. 神様の祝福を求める
 五章から七章の「山上の説教」は、「天国憲法」とも言われるように、神の国における生き方の基本を具体的に示しています。「神の国」は地上で目に見える形で現れるものではなく、神に治められる人の心の中に実現し、周りにその存在を知らせ、また広がっていくものです。
 神による幸いを求める者は、この世では悩み苦しみます。疑ったり悩むことはあっても、「さいわいだ」と励ましてくださる主の言葉によって、信仰の原点を確認し、前に向かうことができます。
3. 天国人の生き方
 八つの幸いは、どれも大事ですが、「神の国」に生きるということでは、六番目の「心の清い人」は中心的です。「心が清い」とは、神様に向かって心がまっすぐで、他の方に向いていない姿です。自分できれいか汚いか判断し、自分の中で完結したり満足するのではありません。神に心が向いているかどうかということであり、「心の清さ」はキリストの救いの目的です。
 心が清くされると、世界が「神の国」に変えられます。生活の端々に、神様のお姿やお働きの跡を見ることができるのです。キリストは、私たちの心を清め、神に向かう者、生活の中で神を見る者としてくださり、いつも共にいて励ましてくださっています。主イエスの導きに従いましょう。


前のページへ戻る
  © 2015 Tanagura Church. All rights reserved.
  [このホームページの制作は、コムハートが担当させて頂きました。]