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祈ることを教えてください~御心をなさせたまえ
もみじ

「みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように。」    マタイ 6章10節

担当:佐川直実 牧師 

2017年 10月 29日(日)  主日礼拝
 “主の祈り”の三つ目の願いは「御心の天になるごとく、地にもなさせたまえ」です。第一の願いは、神様の御名が私たちを通して崇められますように。第二の願いは、私たちの生活の場やこの世界に神様の愛と恵みによる支配が実現しますように、ということでした。「御心をなさせたまえ」は、言わば、第一と第二の結論とも言うべきものです。
 これは、私達が形式的にだけ御名を崇め、神様が一方的に力によって支配するというのではなく「私達やすべての人々が、私達を愛して下さる神様に目をむけ、人間の思いを越えた最善をなされる神様に自分自身の思いを神に明け渡し、神の最善に信頼し、従うことができるようになるように」という祈りです。つまり、私たちが自分の思いではなく、心の底から神様の御心に聞き従えるようにしてください、という願いです。
 神様の御心に従うことは、形だけの礼拝にまさります。
 では、私たちが聞き従うべき神様の御心とは何でしょうか。「唯一正しい」と言われると何か独善的で権威主義的に思えるかもしれません。しかし、御言葉と主イエス・キリストを通して現された神の御心とは、驚くべきことに、神様に従うどころか自分のことしか考えられない罪深い人間すべてが、キリストによってことごとく救われて永遠の命を得ることなのです(ヨハネ3:16、6:40、1テモテ2:4)。
 つまり、「御心をなさせたまえ」とは、ちょうど放蕩息子が父のもとへと立ち返ったように、神様に背き続ける私達の頑なな心が柔らかにされ、私達を愛してやまない父なる神様への信頼が回復されることを願う祈りと言えます。
 これは、神のロボットになることではありません。かつて人が自分の意志で神様から離れて堕落したように、自分の意志で神様に従う道を選び取るようになることです。人間には出来ないので祈ります。
 「御心をなさせたまえ」。この祈りは、愛する私達のために万事を益としてくださる父なる神に対する私達の絶対的信頼の告白でもあります。

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