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祈ることを教えてください~天にまします我らの父よ②
もみじ

「だから、あなたがたはこう祈りなさい、天にいますわれらの父よ」  マタイによる福音書6章8~13節

担当:佐川 直実 牧師 

2017年 10月 1日(日)  主日礼拝
 1.神様は私達から「お父さん」と呼ばれる関係を求めている
  イエス様は神様にむかって「われらの父」「アバ(お父ちゃん)」と親しく呼びかけ祈られました。当時の人々にとってそれは衝撃的な呼びかけであり、後に「神を冒涜した」と非難され十字架にかけられる理由となりました。しかし、イエス様がこの地上にこられ十字架についたのは、私達が神様に愛されている子であると知って生きていくためだったのです。「わたしたちは、すでに神の子なのである」Ⅰヨハネ3:1。「子としてくださる御霊をうけたのです。」ローマ8:15-16。私達は果たして「お父さん」と心を開き、神様にむかっているでしょうか。まるで、私達を裁く裁判官、雇い主のように感じてはいないでしょうか。
 2.「われらの父」すべての人の父であられる神様
  神様はすべての人にとっての父です。教会に行っている方も、そうでない方も、先に天国に帰った方も、これから生まれる方も含めて、すべての人を含んだ「われら」の「父」です。私達に命を与え、愛して下さる父なる神様は、私達が理解できない人や状況のことも、そのすべての理由、事情を知り、真実に導くことがお出来になります。私達は「われらの父」と呼びかける時、私達のかかわるすべての人が神様の手の中にあり、「自分の手の届かない領域をも神様が治めてくださるから大丈夫なのだ」と神様に重荷をおろすことが出来ます。
 3.私達が呼びかける前に私達の名を呼ばれる神様
  「われらの父よ」と私たちが呼びかける時、実はその前に神様は私達の名を呼びかけておられ、私達が呼びかけるのを待っておられたことを覚えたいと思います。「恐れるな…わたしはあなたの名を呼んだ。」イザヤ43:1。自分からは声をかけられなかったザアカイには、まず主から呼びかけられました。放蕩息子に対しても、離れて行った息子をひたすら待っている父として神様の姿が描かれています。自分の力で祈りはじめるのではなく、まず私達の名を呼んで下さっている神様の声を深く感じながら祈ろうではありませんか。

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