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主を待ち望め
コスモス

「年若い者も弱り、かつ疲れ、壮年の者も疲れはてて倒れる。しかし、主を待ち望む者は新たなる力を得、わしのように翼をはって、のぼることができる。走っても疲れることなく、歩いても弱ることはない。」   イザヤ40章27~31節

担当:佐川 直実 牧師 

2017年 9月 10日(日)  主日礼拝
 疲れるのは年をとっているからではありません。若者でも疲れ、倒れてしまうことがあります。現代は様々なストレスにさらされ、皆疲れ果てています。神様はどのように私達を励ましておられるのでしょうか。
 1. イスラエルの不満(27)
  イスラエルの民は神様に拒絶されていると感じ不満を言いました。神様が全く自分たちに関心を持って おられないと感じていたのです。私達もそのように感じたことはないでしょうか。しかし、神様の側では「慰めよ、わが民を」(1)と語り、「あなたはわたしのもの。どうして見捨てることができようか。」という思いを伝えておられます。神様が私達の人生に絶望と思える事を許されるのは、そこに神様の何らかの深いご計画があるからなのです。神様は民が自分の罪の結果招いたバビロン捕囚という苦しみをも用いて、民が真理を知り、自由になるように導かれました。すべての苦しみには、実は隠された意味があるのです。(ローマ8:28)
 2. 主はとこしえの神(28-29)
  イザヤは神様がどのようなお方かを思い起こさせます。「主はとこしえの神、地の果ての創造者であって、その知恵ははかりがたい。弱った者には力を与え、勢いのない者には強さを増し加えられる。」たとえ私達が天地をひっくり返すほどの大きな問題を抱えていたとしても、この創造主なる神様にとっては何でもないことです。誰もこのお方と比べることはできません。
 3. 主を待ち望め(30-31)
  イザヤは、失望と不満を抱いていた民に、主を仰ぎ見、主に信頼することによって、その苦しみを乗り越えていくようにと励ましています。イエス様は「わたしにつながりなさい」(ヨハネ15章)と語られました。主につながる時に実を結ぶと。「あなたは一体何を待っているのか。何に期待しているのか。何をそんなに不安にかられているのか。自分の願いが成就すること、人を思い通りに動かすことが最善だと思っているのか…。そうではなく、わたしを待ち望め。」
 今日、自分の力や悟りに期待することをやめて、ただ主ご自身を待ち望もうではありませんか。主は私達 を聖霊の風にのせて下さり、わしのように翼をはってのぼることが出来るようにして下さいます。

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