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あなたの道は、神に喜ばれている
青空

そのうちのひとりは、自分がいやされたことを知り、大声で神をほめたたえながら帰ってきて、イエスの足もとにひれ伏して感謝した。これはサマリヤ人であった。イエスは彼にむかって言われた、「きよめられたものは、十人ではなかったか。ほかの九人は、どこにいるのか。神をほめたたえるために帰ってきたものは、この他国人のほかにはいないのか」。それから、その人に言われた、「立って行きなさい。あなたの信仰があなたを救ったのだ。」         ルカによる福音書17章11~19節

担当:佐川 直実 牧師 

 2017年 8月 20日(日)  主日礼拝
「感謝する人生」

   皆さんは神様に祈り、その祈りが叶えられたことがありますか?
 祈りが叶えられる時もあるかもしれませんが、たとえ祈りが叶えられないように感じる時にも、神様は私達を愛し、私達が願う以上の最善を実は用意していて下さり、私達が気づかない時にも御腕を動かして下さっています。
 いつでも私達を愛して下さる神様に祈ることが出来、何でも話しかけ、相談することが出来る。このような関係が与えられていることは、実は祈りが叶えられること以上に、更に素晴らしいことです。なぜなら、このお方ご自身こそ、私達を本当の意味で満たすことが出来、真の命と平安を与える事が出来るお方だからです。私達にとっての真の幸いを知り、罪をゆるし、永遠の命を与えて下さる救い主イエス様。このお方と関係をもち、このお方に感謝して生きることが出来る…これは私達にとって一番自由で幸せなことです(詩篇16:2)。イエス様は、その幸いを知ってもらいたいと、私達が感謝しに帰ってくるのを今も待っておられます(17-18)。
 たとえ私達にお金や力が与えられ、病気が癒され、他の人や目の前にある状況を自分の思い通りに支配することが出来たとしても、私達を本当の意味で生かすために命を捨ててまで愛しぬいて下さる神様のことを認める事がないとしたら、その喜びは永遠には続かず、自分の中にある更なる欠けを見つけた途端に消えて去ってしまうではないでしょうか。
 逆に、自分の思い通りにならず苦しい時にも、私達を愛し、永遠の愛で愛して下さる神様をそこに認め ることができるとしたら…。主の前にひざまずき、感謝して主のもとに帰ることが出来るとしたら…。そこには決してなくならない永遠の喜びと自由があります。
 「かつてはわれ 良きものを、求めて主を忘れたり。賜物より癒しより、与え主ぞさらに良き。」(新聖歌 346番)私達を愛し、赦し、永遠の命を与えて下さるイエス様のもとに帰り、感謝する人生を歩みましょう。

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