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弱い者に注がれる神の愛
いちご

 やがて皮袋の水が尽きたので、彼女はその子を木の下におき、「わたしはこの子の死ぬのを見るに忍びない」と言って、矢の届くほど離れて行き、子供の方に向いてすわった。彼女が子供の方に向いてすわったとき、子供は声をあげて泣いた。神はわらべの声を聞かれ、神の使は天からハガルを呼んで言った、「ハガルよ、どうしたのか。恐れてはいけない。神はあそこにいるわらべの声を聞かれた。立って行き、わらべを取り上げてあなたの手に抱きなさい。わたしは彼を大いなる国民とするであろう」。 神がハガルの目を開かれたので、彼女は水の井戸のあるのを見た。彼女は行って皮袋に水を満たし、わらべに飲ませた。神はわらべと共にいまし、わらべは成長した。
創世記21章8~21節
担当:佐川 直美 牧師

1.弱い立場のハガル親子(21:8~10)
 アブラハムの正妻サラに子供が生まれたことをきっかけに、ハガル親子は肩身の狭い思いをします。ハガル親子は、身分の高い人々に振り回された上、存在意義を失いつつありました。しかし主は、弱い立場にあるこの親子を見捨てられませんでした。
2.人間の罪の尻ぬぐいをし、祝福に変える神(21:11~13)
 ハガル親子の存在は、アブラハム夫妻の不信仰を暴露してしまう存在でした。しかし、主はアブラハムに「心配することはない。」と語り、彼らをも「一つの国民とします」と、祝福の存在にすることを約束されました。神様は人の罪の呪いを祝福に変えることができる大きなお方です。
3.ハガル親子を救った神(21:14~21)
 荒野をさまよい、息子が弱っていく姿を見ることに耐えられないと思ったハガルに、神様は介入されました。神様は「恐れてはいけない…わたしは彼を大いなる国民にするであろう」と宣言し、彼女の目を開き、井戸の水を飲んで生きることが出来るようにして下さいました。
 主の目は、弱い立場にある人々にいつも向けられています。アブラハムに祝福を約束された主は、弱い立場にあるハガル親子を通しても世界を祝福しようとされました。ハガル親子が一番苦しい時、主は二人の叫びに耳を傾け、「恐れるな」と共にいて下さいました。私達も人生の荒野に追いやられる時がありますが、ハガル親子を救った主が私達の味方であり、私達を真実に愛して下さることを感謝しようありませんか。

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