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最後まで愛し通されるイエス様 
チューリップ

過越の祭の前に、イエスは、この世を去って父のみもとに行くべき自分の時がきたことを知り、世にいる自分の者たちを愛して、彼らを最後まで愛し通された。
聖 書  ヨハネによる福音書13章1~15
担当:佐川直実 牧師

1.最後まで(極みまで)愛される愛
 イエス様は弟子たちへの愛をあらわす行為として、足を洗いました。
 この時足を洗ってもらった弟子たちの中には、この後3度主を裏切るペテロも、銀貨30枚で主を裏切るイスカリオテのユダも入っていました。イエス様はどのような状況にあったとしても、最後まで愛し通される御方です。私たちも何度主を失望させ、裏切ってきたことでしょうか。私たちの弱さを知った上で極みまで、最後まで愛して下さる主に感謝しましょう。
2.自分を与える愛
 足を洗うことは、当時の風習として、奴隷がお客様にすべきおもてなしの行為でした。イエス様こそが足を洗われるべきお方だったにもかかわらず、弟子たちは譲り合い、擦り付け合ったのです。それにもかかわらず、イエス様の方から行動を起こし、愛を示して下さいました。(Ⅰヨハネ4:10)。「神がまずわたしたちを愛して下さった」のです。王の王であられ、僕となる理由も必要もないイエス様がご自分の栄光・権威を捨てて、空っぽになって自分自身を与え、人となって下さいました(ピリピ2:4-9)。イエス様はすべてを捨てて愛を示して下さったのでした。
.聖なる交わりを望まれる愛
 足を洗われたのは、弟子たちと人格的に交わるためでもありました。イエス様を信じると罪赦され、義とされますが、私たちがイエス様を信じたからと言って、全く罪を犯さなくなる訳ではありません。罪を犯したままで放っておいてはなりません。イエス様との生きた交わりを保つためには、罪を犯した事に気付いたならば、主の前に悔い改め、十字架の光の中できよめて頂きいつもイエス様との交わりを保つ事が大切です(Ⅰヨハネ1:7-9)。愛することを助けて下さる聖霊により頼みつつ、歩ませていただきましょう。(ヨハネ14:15-17)。

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