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あなたはわたしの愛する子 
雪うさぎ

 『さて、民衆がみなバプテスマを受けたとき、イエスもバプテスマを受けて祈っておられると、天が開けて、聖霊がはとのような姿をとってイエスの上に下り、そして天から声がした、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である。」』
聖 書  ルカによる福音書3章21~22節

 皆さんはどんな声を大切に聞いているでしょうか。私たちの周りには実にたくさんの声があふれています。そして、どの声を注意して聴き、心に響かせるかで、私たちの選択や行動は左右されるものです。
 ところで、イエス様は一体どのような声を心に響かせながら地上での生涯を歩まれたのでしょう。それが今日の箇所です。それは、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である。(わたしの喜びである)」という父なる神様の声でした。この神様からの承認がイエス様の生涯の土台であり、罪や病、苦難に苦しむ人々を救う原動力でした。
 イエス様が救い主としての公けの生涯を開始したのは、バプテスマのヨハネのもとでバプテスマ(洗礼)を受けたことでしたが、その時点で、イエス様は救い主としてまだ何も功績がありませんでした。しかし、何の功績も業績もないイエス様に対して父なる神様は「あなたはわたしの愛する子」と語られたのです。この世の価値観で考えるなら、これは驚くべきことです。何が出来るか出来ないかではなく「あなたの存在そのものを喜び、価値あるものとして愛する」とは…。
 このことには大きな意味があります。イエス様は私たち罪人と同じ立場に立ち、罪に対抗する生涯を歩むために洗礼を受けられましたから、そのイエス様に語られたということは、つまり私たちに対しても神様はそのように語っておられるということです。ですから、この父なる神様の語りかけは私たちに語られている声でもあります。私たちはすでに神様に愛されています。自分の力で自分が愛される価値のある人間であると証明する必要はありません。愛のゆえに、神様は救い主イエス様を十字架にかけて命をあがなって下さいました。ですから、どんな時にも「イエス様と同じように、神様の愛の語りかけを聴かせて下さい」と、祈ろうではありませんか。
 私たちが神様に愛されていることを覚え、本来の姿で自由と喜びに生きるために、救い主イエス様はこの地上を歩まれ、今も生きて私たちと共におられます。

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