前のページへ戻る
わたしについてきなさい 
ロウバイ

 『・・・イエスは彼らに言われた、「わたしについてきなさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう」。すると、彼らはすぐに網を捨てて、イエスに従った。また少し進んで行かれると、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネとが、舟の中で網を繕っているのをごらんになった。そこで、すぐ彼らをお招きになると、父ゼベダイを雇人たちと一緒に舟において、イエスのあとについて行った。・・・』
聖 書  マルコによる福音書1章16~20節

 イエス・キリストが人々の前に出て公の生涯に入られる時、まずヨハネを通してバプテスマを受け、荒野で断食をして父なる神に祈られました。その後弟子たちを選び、人々に前で語るだけでなく神によるいろいろなわざを行い、やがて十字架へと進まれました。
 イエス・キリストは『誰でもわたしによらなければ、父の身元に行くことはできない。』と語られましたが、わたしたちはこのイエス・キリストを通して、神の変わることのない愛と、わたしたちに対する深い思いを知ることが出来るのです。イエス・キリストが弟子たちに『わたしに従ってきなさい。』と語られたとき、弟子たちはそれがどういう意味なのかを理解することなく、ただ主について行きました。けれども神はその弟子たちを教え訓練して、彼らの心と目を開かれたのです。主が天に帰られた後、祈り求めた一人一人が聖霊に満たされ、力強くイエス・キリストを証しするようになりました。
   始まりは、主の呼びかけに応えて弟子たちが主について行ったことから始まっているのです。主に従うためのいろいろな条件を考え、自分の持っている技術や賜物を根拠に主に従うのではなく、いつも共にいてくださる主と歩むことこそ、信仰の基本なのです。主は今も一人一人に『わたしについてきなさい』と声をかけ、わたしたちを待っていてくださるのです。今年も信仰を持って主に従うものとさせていただきましょう。

  © 2015 Tanagura Church. All rights reserved.
  [このホームページの制作は、コムハートが担当させて頂きました。]